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乙女のヘンテコ話し Vol.1 存在の可能性 

今日はかなり変な話しを、、、。

あたし、昔からなんとなく思っていたんですけど
結局、自分は世界の中に存在してると言うより自
分の中に世界があって全ての世界は自分が認識し
て初めてそこに存在する。つまり実態が収束する
のではないかな~~って

変でしょ、、、。うん。変なのは自分でも判って
いるのね。それにいつもこんな事を考えている訳
では無いけれど、時々そんな事を思う時があるの

たとえば、電車の窓から見た街並み。
少し前、そう数秒前にその街が本当に存在してい
たという実感は何処から生まれる物なんだろう。

初めて乗る路線で初めて目にする風景は本当に自
分がその存在を認識する前からそこにあったのだ
うか、、、。

少なくても、自分の意識の中ではそれらの風景は
未収束で、何も存在はしていなかった、、、。

どっちなんだろう?
世界が先?自分が先?

たははは。変な人でしょ。あたしって、、、。
多分。いや、確実に殆どの人が「世界が先に決ま
ってる」って言うのも判ってる、、、。

世界が存在して、その上に自分達が居る。
うん。確かにそれは、、、。うん。でもね。

それを裏付ける物って何があるのだろう?
そういうものだと、私達が勝手に思いこんでいる
だけなのかもと思ったりするのね、、、。

今は便利な世の中になって、一瞬の内に地球の裏
側の風景などを映像として私達は見る事が出来て
それは、その場に自分がいかなくても、その場所
の存在を収束させる事が出来るけど、、、。

それでも世界は広くて、自分の中で収束されてい
ない場所はいくらでもあるでしょ。

それらの場所も既に存在が収束されてるとは思え
なかったりするの、、、。

「知ってる人にその場所の事を聞けばどうよ?」
ってのもあるけど、聞いた瞬間に自分の中のその
場所は収束されると思うの。

つまり意識が介入した瞬間に存在の収束が起きて
その場所にあった無限の可能性の内一つが現実と
なってしまう、、、。

何も知らない場所は、そこに山があるのか、川が
あるのか、街、草原、工場、、、。

知らない。つまり意識が介入する前はそこには
無限の可能性が含まれているとおもうのね、、。

やばいネ、、、。この先も色々と変な話しは
続くのだけど、、、。
取り敢えず、、、。又の機会に、、、。

しつこいけど、いつもこんな事を考えて生きてる
訳ではないです。

ごくたま~にこんな事を思ったりする事もある
って云う程度です(^^;

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