記事一覧

乙女日記 Vol.257 視野がね…(^^;

今日は少し偉そうな事を書きます(^^;

まず、どの業界、メディアにも存在する『真性な
オタク』さん。

この『真性なオタク』さんというのが非常に厄介
だったりします。

過去何度か、このような話題をチャット等で交わ
したことも有るのですが、改めて書こうと思いま
す。

今、世間で使われてる『オタク』という言葉。

この『オタク』という言葉に込められる意味が本
来の『オタク』とは掛け離れてきてるのは皆さん
も既にお気づきになられてるでしょう。

ちょっとした会話の中で「私は●●オタクだから
」という表現が出てくることは珍しくありません

この場合の『オタク』は『好む』又は『趣向』の
赴きを込めていますね。

そういった、本来の言葉の意味とは逸脱した使い
方はいけないとは一概に思いません。

言語は時代と共により簡略化され、本来の意味と
は違った使われ方をされるものですから。

あと、以前に書いた記憶もありますが『マザコン
』も本来の意味と、現在『マザコン』に込められ
てる意味がかなり変わってきてますね。

『マザーコンプレックス』という言葉が『マザコ
ン』と略された後に、その言葉が持つ意味も別々
に別れた感じです。

つまり『マザーコンプレックス』と『マザコン』
は別の意味を指す言葉であるという事です。

『マザーコンプレックス』とは母親から受けた陰
と陽の双方の影響によって行動や趣味趣向の傾向
が偏る現象を指します。

これは、別に恥かしいことでも何でもありません

いわば、当然のことだと思います。

男性が初めて接する女性は大抵母親です。

そして、その母親と接したことによって必ず自身
の女性像に影響は出るでしょう。

と、言うより、その母親と接してる子供が母親を
どう感じたか『マザーコンプレックス』の下地で
はないでしょうか?

例えば、非常に几帳面で綺麗好きな母親が居たと
します。

その母親と接した子供が、その母親を見てどう感
じ、その性質を好むか、好まないかというのが、
マザーコンプレックスですね。

几帳面で清潔感のある母親に対して、責任感が有
り、何事もキチっとしてる母親が頼れる存在と感
じれば、後に自身が異性に求める要素も母親のそ
れと似たタイプになるでしょう。

逆に、几帳面で綺麗好きなところが、事細かく過
ぎ、煩わしく感じて、もっとアバウトで良いのに
って反発した場合、自身が異性に求める性質は、
おおらかでゆったりしたタイプとかになったりす
るでしょう。

この双方共に、母親が基準となって作られる異性
への趣向なのです。

っと、同時に双方共に『マザーコンプレックス』
の影響下に有ると言えるわけです。

で、『マザコン』。

これは有る特定のタイプの男性を指す、いわば俗
称的な造語ですね。

その『特定のタイプ』とは、幾つになっても母親
の管理下や母親の意思に依存し自律出来ずに自身
の判断すらも母親任せになってしまってるような
男性を指していると思われます。

もっと正確に言えば『マザコン』は母子間依存症
ということに当てはまるものと思われます。

さて、ここまでの話しが、今現在使われてる『オ
タク』の意味と『真性なオタク』の違いについて
の前置きです(笑)

『オタク』という言葉が別の意味合いで使われる
事が多くなった今、本来の『オタク』とは何ぞや
?という所から始めましょうか。

まず『オタク』と意味合いが近しい言葉として『
マニア』という言葉がありますね。

この『マニア』と『オタク』の使い分けを皆さん
は、どういった基準でなさっていますでしょう?

この使い分けに関しては、あたし自身もキチンと
した正解を表記する自信がありません(^^;

一応、私的には『オタク』は狭く深くな人々。
『マニア』は広く深くな人々だと解釈してます。

つまり、特定のメディアやカテゴリー、果ては作
品と、その矛先は無数にありますが、その矛先の
一部に固執するのが『オタク』で、それその物全
てを掌握するほどの精通度や見識を有するのが『
マニア』では無いかなってことです。

もう少し違う言い方をすれば、『オタク』は自己
満足と閉鎖的な空間の人々。

『マニア』は『オタク』の域を越えた有る意味で
のスペシャリティーといった感じかな。

ただ、この『オタク』と『マニア』の使い分けに
関しては個人さあるでしょうね。

私的に『FAN』<『オタク』<『マニア』とい
う位置付けで捕らえています。

で、冒頭に書いた『オタク』の意味が違ってきて
いるというのは、底辺の『FAN』を表現する際
に『オタク』という表現を使っている傾向が増え
てきてるという意味です。

で、これも冒頭に書いたことですが『真性なオタク』さんというのが非常に厄介だったりするので
す。

『真性なオタク』さんって自分の好きな事しか見
ない傾向が強いでしょ・・・。

で、その好きな事を、一歩引いて第3者的に見た
り、はたまた自身で否定してみたりする事をしな
い人が多いんですよね・・・。

自分で否定的な見方が出来ない(しない)から、
他者から否定的な意見をぶつけられると、即座に
怒気を含んで反発しちゃうのよね(^^;

こうなると、もう根本的に駄々を捏ねる幼子と同
じで、収拾がつかないのよね・・・。

いや、まだ幼子の方がマシだよね。
辛うじて聞く耳持ってるし。

でも『真性なオタク』さんは、無理(^^;

自分が好むものを好む事しかしようとしないし…
なんていうか、『好き』と『興味』が分裂してる
感じなんだよね。

本気で好きなら、そして『好き』を貫こうとする
なら、否定的な側面とかにも興味が沸くはずなん
だけど『真性なオタク』さんは、自分が好む理由
を見つけた瞬間のまま、永久凍結させちゃうみた
いで、その好きになった瞬間しか見ようとしない
のよね・・・。

で、なんでこんな話しをしてるかと言うとね…

どの業界にも『真性なオタク』さんって居るもの
なのよ(^^;

あたしの仕事は専門職ですから、言い方を代えれ
ば、『マニア』の集団なのです。

で、最近になって知り合った仕事関係の人が、こ
の仕事に関しての『真性なオタク』さんだったん
です。

自分の『好き』って感じた事にしか目を向けない
タイプでね・・・・。

で、それを注意したのよ。

すると、空前絶後に逆ギレされちゃってね(笑)

いやね、専門職って個人のポリシーを最も重んじ
るので(少なくとも、あたしの職業では)滅多に
人に意見したりはしないんです。

ただね・・・う~ん、これを書くと尚更偉そうに
感じられちゃうだろうな・・・

まっ、いいや…。これを読んで偉そうに感じられ
たら、それはそれで仕方ないです(^^;

いやね、その人はまだまだ、これからの人なんで
すけど、凄く光る才能が有るんです。

正直、その人の才能が全快に開花したら、あたし
なんて足元にも及ばないって密かに痛感してるの
です。

もっと単純に言えば、その人の才能に惚れてしま
ったのです。

だけど、その人は今、自分で自分の可能性を殺し
てしまってるのを強く感じたのです。

で、つい意見したら、びっくりするくらい逆ギレ
されちゃって(^^;

でもね、やっぱり『好き』から一歩上に行かない
と、専門職ってやっていけない部分あるんです。

自分がどうしても譲れない部分でも、場合によっ
ては、丁寧に包装紙に包んで明け渡す位の勢いが
ないと、自分の眠ってる新しい側面っていうのに
気付けないないものなんですよ。

仮に、自分の誇示する物を全否定されたとしても
自身一緒になって自らを否定するくらいじゃない
と『好き』な物の欠点と、更なる良さに辿りつけ
ないのです。

そういう自ら好む世界を、自らでも否定していく
ことの繰り返しが、スペシャリストへの道だと思
うのです。

『好き』『楽しい』『面白い』という部分しか見
ようとしなければ、所詮それは幻想に過ぎないで
す。

よく、ゲームクリエイターの人達が、クリエイタ
ーに必要な要素は?っていう問いに「ゲーム以外
の事にも興味を沢山持ってる人」っていう答えが
返って来るじゃない。

あれって、勿論、多方面のメディアにアンテナを
張らなければ、面白いゲームのアイデアは生まれ
ないっていう意味も含まれてるけど、同時に他の
視点からゲームを見る、つまり『好き』なゲーム
を否定する角度からも見れないと、欠点の削除か
ら生み出す新機軸は創造出来ないって言う意味も
含まれてると、あたしは思うのです。

『好き』は子供でも唱えられるけど、その先にあ
る、創造というのは『好き』一辺倒では到底達成
出来ない領域だと思います。

勿論『好き』は大切な要素で、ずっと誇示してい
くべきだと思うけど、それだけっていうのはね…

ほら、彼氏、彼女もそうじゃない。

『好き』『好き』って、それだけだと、それだけ
で終わるじゃない。

絶対に潜んでる、相手の嫌いな部分にも目を向け
てこそ『好き』の先に行けるものだしね。

ま、それはそれで、また別の話しになるけどね。

つまり、結論は・・・、『真性なオタク』さんは
厄介です。

これに尽きるかな(^^;

ま、ひたすら消費する側の人と、創造する側の人
の微妙な境界線なんでしょうけどね(^^;

と言う事で、結構偉そうな事を長々と書いちゃっ
たので、恐らく誤解も生むでしょうね(^^;

だけど、それは仕方ないかな…

では、今日はここで終わりとします。
また次回の更新でお会いしましょう。

追記

『好きな事』『楽しいと感じる事』をして生きる
のは、それと同量、もしくは以上の苦労をしなけ
ればならないという当然な大前提が通じないには
結構、ビビるね(^^;

ラクして、好きなことを、好きなだけ楽しく生き
るなんて事が出来るなら、世の中から『楽しい』
という感覚自体存在してないのにね…。

トラックバック一覧

コメント一覧