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乙女日記 Vol.1377 捉え方のスタンス

昨日、ダムネタを書いたついでに勢いで書いた長文な追記を一編切
りして、本日分のテキストにしてしまおうというのが今回の主旨な
んですが、あまり綺麗にまとまって無いので、本当はボツにするつ
もりだったというのは絶対秘密ですw

だってさ…、ボツが結構堪ってるし、勿体無いんだもん^^;

そんな訳で二日続けてのダムネタですが、今日は唐突にキモイをテ
ーマに始めてみます。

さて、いきなり最初から恐縮ですが、ダムヲタって我ながらキモイ
存在だと思います。

何が一番強烈かと言うと、ノンフィクションを一定のルールの下で
ノンフィクションとして処理し、それに半する設定、物語に激しい
拒絶を示すところですね。

発端は勿論"ファースト"です。放映当時から長い時間を掛けて作ら
れてきた"公式設定"というものが出来上がって以降、"機動戦士ガ
ンダム"はフィクションなのに、ダムという括りの中ではノンフィ
クションとして捉えられるようになりました。

OVAやノベル、コミック、そして正統なアニメ続編にしろ、全てが"
ファースト"という聖書から生み出された黙示録の範疇か否かがフ
ァンにとって一番の関心となってしまってるのです。

公式設定で、何年にどこぞの戦線で何々が記録されてるので、それ
がそこに存在するのは可能性として有り得る、だからOK!みたい
な…w

しかも、面白いのが"可能性として"の性というのは、リアル、つま
り現実世界の尺度で考えて判定を導きだしてるところです。

フィクションを現実世界の尺度で計り、仮想のノンフィクション化
していく作業。なんとも滑稽でアホらしい行為です。しかし、30
年近くダムヲタはそれを繰り返してきたw

逆説的に言えば、ガンダムの面白さとは、途中からそういった作業
を積み重ねて仮想ノンフィクションの完成度を上げていくことに刷
り替っていったとも言えると思うのです。

それが、原作の富野氏とファンとの間に溝が生まれた根本的な要因
だと思います。

ファンは"ファースト"を起因とする仮想ノンフィクションの抜け落
ち部分を如何にして華麗に、そしてそつなく埋めて完成度を高めて
くれるかを期待するのに対し、富野氏は1作品毎に新たなテーマを
内包し、それを表現することの方に注力した。結果、ファンが抱い
てる仮想ノンフィクションの世界に不一致が生じ、それがストレス
となる。

そのストレスは、OVAなりノベル、コミック、果てはプラモデルと
いったサンラライズ公式認定の関連プロットで辻褄を合わせてくれ
ることで、ファンの堪ったストレスを緩和させてきました。

この流れが、繰り返し行われてきたのが"ガンダム"という作品。滑
稽ですねw

設定ありきでアニメを見るのはどうかっていう問題があります。
cocもその意見に関しては頷けます。設定に固執すぎて、作品のテ
ーマとかに気付かず見逃してしまっては本末転倒。全くその通りで
す。

実際、設定先行で作られるアニメが増え、そればかりで育ったアニ
ヲタ世代は、物語を読み取る力、つまり読解力に関して非常に弱く
なってるのも事実なんです。

セリフが無ければ理解出来ない。セリフが有れば、その言葉面のみ
しか理解出来ない。人物関係図に感情が絡むという想像力が無い。
ト書きまで見せなければ、各シーンの意味が理解出来ない。そうい
った層は確かに存在し、それは少なくないのです。

事をガンダムに限って言うなら、こういったファンを作ってしまっ
たのは、他でも無いガンダムの制作会社のサンライズそのものです

現在、多くのファンに浸透してるガンダムの設定の殆どはファース
ト放映時には存在しませんでした。枕言葉や特に大きな意味を込め
ず使われてるワードに、当時のアニメ雑誌が勝手に設定を考案、発
表していき、それらをサンライズが公式に認めて、公式設定となっ
ていったというのは余りにも有名。

そこでサンライズが設定云々にシカトしてれば、こういった現状に
はならなかったのではないかと感じます。

しかし、サンライズは認めた。それは制作側が、ガンダムの楽しみ
方の一つとして、仮想ノンフィクションの完成度を高めていくとい
うスタイルを示唆したことになるとcocは考えてます。当然、そう
いった思惑が有ったか無かったは判りません。しかし、その成否は
問題でなく、その決定からこういった流れが生まれたわけですから
、意図的であろうと無かろうと関係有りません。

サンライズがアニメ誌発信の設定を公式設定に組み入れ、ガンダム
ワールドの基本概念を構築し固めてしまった事で、ガンダムと設定
は切っても切れなく関係になりました。

そしてファンは制作側がそういうスタンスでの楽しみ方を提示する
ならばと、仮想ノンフィクションの完成度を高めていくという楽し
み方を"ガンダムの正しい歩き方"と理解し、今日に至るわけですが
、気付けば、そういった"楽しみ方"を方法論の1つして捉え向き合
ってるファンの下に、その楽しみ方しか判らないという酷く偏った
変質的な世代が台頭してきたのです。

つまり、"仮想ノンフィクション世界の完成度を高めていく"という
遊び方で楽しんでる人と、"仮想ノンフィクションをとりまく設定
こそ全て"と盲追する人の2種類に分かれ初めたのです。

前者は方法論の1つとして、ソレを楽しんでるわけですから、多少
その遊びの中で不具合が生じても、苦笑いで済ませ、自己解釈で補
完したりしていくわけですが、後者は、設定に矛盾が生じる時点で
、作品の全てが成り立たないと声を荒げ、自己解釈で補おうとはせ
ず、作品の中で辻褄を合わせろと激しく反発したりします。しかも
それが真剣だったりする。

ファンとして遊び方の方法論の1つに矛盾が生じた事で反発するの
は分かりますが、それはあくまで"仮想ノンフィクションの完成度
を高める"という遊びの範疇の問題ですから、それのみで作品に対
して賛否を出すのは少々考え違いではないかとcocは考えます。

無論、cocも"仮想ノンフィクションの完成度を高めていく"という
ガンダムの遊び方は好きですし、その観点で矛盾が生じた際には、
その問題について語ったりもします。しかし、それは遊びであり、
自己解釈に至るまでの課程の1つにしか過ぎません。

むしろ、その矛盾が"仮想ノンフィクションの完成度を高めていく"
という遊びに対してスパイス的な効果に繋がってると思うのです。

例えを出しますと【ガンダムA】という月刊誌で、安彦良和氏が連
載をしている【機動戦士ガンダム ORIGIN】は、ファーストガンダ
ムの正式なリメイク版という位置付けで物語が展開してますが、今
までサンライズが発表している公式設定と照らし合わせると、大き
な矛盾が生じてしまうプロットがいくつも存在します。

そうなった時、その矛盾は疑問に変わり、新たな可能性。つまり、
ここでこういった兵器の開発に成功していたとするならば・・・?
っという可能性の裏側を想像する楽しみが増えるわけですから、逆
に楽しかったりするものです。

そうです。そうなんです。設定がガッチリあるにせよ、創作物の物
語というのは、その裏側を想像し楽しむのが本来の形であるとcoc
は思うのです。設定の明確な提示なくしては物事が理解出来ないで
は、あまりにも想像力を無駄にしているし、それを読解力の無さと
言うしか術はないのです。

ただ、富野氏にも問題はあります。そういった楽しみ方が確立して
いると認知されてるシリーズなのですから、そこの根底をぶち壊す
ほどの嫌がらせはヤリ過ぎなのです。可能性を膨らます含みを散り
ばめるのでなく、可能性そのものを潰す所業の数々は、敢えて人の
嫌がることをして喜ぶヒネたガキンチョのソレと同じに思えて仕方
ありません。

叱る人が居れば、もう少しマシな道を行けただろうに…。ま、ある
意味で可哀相な人だなっと。

っとまぁ、そんなわけで、こういった遊びに夢中になってるわけで
すから、ガンヲタって今更ながらキモい人らです。でも、もうそこ
から抜け出すキッカケは逃しまくってしまってるので、このままキ
モい街道を突っ切っていくしかない自分には潔く諦めという烙印を
押してしまってるcocさんなのでした。

それでは、今回はこのへんで。


*原文投稿時間不明の為、00時00分として転機しました。

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